フィリピン通信市場の地殻変動:「Konektadong Pinoy Act」と国策ファンドが導くデジタル大国の夜明け
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フィリピンの通信インフラ市場は、2025年8月に「Konektadong Pinoy Act」(オープンアクセス・データ送信法)が発効し、この度、その施行規則(IRR)が公開されたことにより、歴史的な転換期を迎えています。この画期的な法律は、長らく新規参入の最大の壁であった議会によるフランチャイズ取得の要件を撤廃し、競争を劇的に促進する環境を整備しました。これを受け、情報通信技術省(DICT)は、海外から6~7社の通信企業がフィリピン市場への参入を計画していると公表しており、年間数十億米ドルに上る大規模な投資の波が押し寄せることが予測されています。
この競争促進の動きは、市場の主要な既存勢力であるPLDT、Globe Telecom、そして新興のConverge ICT Solutions Inc.に対し、経営戦略の根本的な見直しを迫っています。新法は、データ送信業界参加者(DTIPs)に対し、ネットワークや設備の共同利用(コ・ロケーション)と資産共有を促進することを義務付けており、これは「非経済的な設備の重複」を排除し、効率的なインフラ構築を目指すものです。
PLDTの会長がIRRについて「予想していたほど悪くはない」と述べる一方、自社の戦略を評価し直す必要性を示唆していることは、市場構造の変化に対する既存大手の危機感の表れと言えるでしょう。特に、ファイバー網を広く展開してきたConvergeにとっては、インフラ共有が新たな収益機会となる可能性を秘めています。同社のCEOは、この法によって、自社のファイバーネットワークを他の事業者に提供し、利用率を向上させる機会が生まれると期待を寄せています。しかし、新法の狙い通りに競争が激化すれば、すでに進行しているインターネット価格の低下傾向はさらに加速し、既存プレイヤーの利益率への圧力は避けられません。品質の維持・向上とコスト効率化の両立が、今後の生き残りの鍵となります。
一方で、DITO Telecommunity、PTT Philippines、NOW Corporationといった大手ではないプレイヤーや新規参入を志す企業群にとっては、この法律はまさに飛躍のチャンスです。フランチャイズ不要化による参入障壁の低下は、既存大手との間の「設備格差」を迅速に埋めることを可能にします。さらに、すでに施行されている公共サービス法の改正により、通信分野への外資による100%出資が可能となっているため、海外の潤沢な資本力と先進技術を持つ企業との提携や、場合によっては戦略的な買収を通じて、一気に市場における地位を確立する道が開かれました。これにより、フィリピンの通信市場は、これまでの寡占状態から、多種多様なプレイヤーがしのぎを削る、ダイナミックな競争環境へと移行することが見込まれます。
そして、この国家的なデジタルインフラの整備と競争促進を、国策として支える重要な役割を担っているのが、フィリピン初のソブリンウェルスファンド(SWF)である「Maharlika Investment Fund(MIF)」です。MIFは、単なる資金調達の手段ではなく、「国益」に資する戦略的投資を行うことを使命として設立されました。
MIFは、エネルギーやデジタルインフラを「国の経済変革の基盤」と位置づけ、積極的に投資対象としています。その最初の重要な動きの一つが、送電システムを実質的に管理するNational Grid Corporation of the Philippines(NGCP)の親会社であるSynergy Grid and Development Philippines Inc.(SGP)への戦略的な出資です。この出資により、MIFはNGCPの取締役会の議席を確保し、国の電力網という基幹インフラに対し、国策としての影響力を行使する体制を整えました。
通信分野においても、MIFは重要な役割を担う計画です。MIFは、デジタルインフラを、エネルギー安全保障、食料安全保障、重要鉱物採掘と並ぶ主要な投資領域として掲げており、特に市場原理だけでは投資が進みにくい地方のデジタル格差解消に焦点を当てています。具体的には、外国のパートナーとの間で、主に農村地域を対象とした通信タワーの建設・運営を目的としたジョイントベンチャー(JV)の設立などが想定されます。こういった動きは、MIFが「Konektadong Pinoy Act」の目指す「デジタル・インクルージョン」を、資金面から具体的に実現するための、強力な触媒となる可能性を示しています。
また、国有資産の活用も、インフラ整備の加速に不可欠です。本法は、TransCo(国家送電公社)などが保有する国有ファイバー資産へのアクセスを促進しようとしており、これを「ミドルマイル」として活用し、民間企業が「ラストマイル」を担うというPPP(官民連携)の可能性が高まります。この官民一体となった取り組みに、MIFの資金が戦略的に投入されることで、フィリピン政府の「すべての国民に高速で信頼性の高いインターネットを提供する」という目標の達成は、現実味を帯びてくるでしょう。
「Konektadong Pinoy Act」のIRR公開と、Maharlikaファンドによる戦略的な基幹インフラ投資は、フィリピン通信市場の構造を根底から変える「地殻変動」となるポテンシャルがあります。外資導入、競争促進、インフラ共有、そして国策による戦略投資という四重の力が作用することで、フィリピンのデジタル接続性は飛躍的に向上し、サービスの低価格化と高品質化が同時に実現されることが期待されます。これにより、フィリピンは経済成長の新たな段階へと踏み出し、真の「デジタル大国」への道を歩み始めることが期待されています。
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